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傍らで素っ裸のままのびていた祥悟(しょうご)がむくりと起き上がり、ちゃぶ台の上に放置していた麦茶のグラスを手に取る。
この暑さだから、氷も溶けきりすっかりぬるくなっているのだろうが、祥悟は構わずごくごくとそれを飲み干した。逞しい喉仏がいかにも美味そうに上下するさまを見、朋紀(ともき)も初めて、自分の喉がからからであることに気づく。
「俺、も……」
さっきまでさんざん喘がされていたので、声はまだ掠れていた。ちゃぶ台の対面にあるもうひとつのグラスを取ってくれ、と畳に横たわったままでそれを指さすと、祥悟がにっこり笑う。
「待ってろ。今冷たいの持って来てやるから」
彼はそう言って立ち上がり、裸のままでのしのしと台所に向かって行った。ありがたいことだと朋紀も身を起こし、彼の巾の広い肩と引き締まった腰、その下で揺れるかたちのいい尻を見送る。あれにさっきまでしがみついていたんだなと、まだぼんやりしたままの頭で思った。
朋紀の家にはクーラーがない。東京なら地獄だったろうが、ここは長野の片田舎だ。山に囲まれた田園地帯の中に敷地の広い家々が点在しており、戸を開け放っておけば風が通り抜けるので充分にしのげる。一番近いご近所さんでも数百メートルは離れているので、真っ昼間からこんなことをしていても見咎められる心配もない。
畳にすり付けていたおかげでくしゃくしゃになった後頭部を直しながら、朋紀は、全開にしている縁側から庭先を眺める。八月の午後二時半、見ているだけで目に痛い日射しは今がピークだ。そこに停めてある祥吾の軽トラックの荷台で、夏の白い陽がじりじりしている。庭木の向こうには、まぶしいほど濃い青空。
「うぁ、涼しー」
台所から、喉奥を絞るような声が聞こえてきた。祥吾が冷蔵庫の恩恵を受けているのを察し、その率直な声音につい笑みがこぼれる。ガタ、ゴト、という音に引き続き、製氷室をスライドさせる音も重なる。勝手知ったる手つきで飲み物を用意していく祥吾の姿が想像でき、朋紀は畳の上に脱ぎ散らかしたTシャツを引き寄せながら、彼が戻って来るのを待つ。
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