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喫煙所にて
煙草の値上げに飲食店の禁煙化。
最近、喫煙者の肩身は狭すぎる。
社内にも煙草を吸う人が少なくなって、喫煙所はいつもガラガラだった。
だけど俺は、本当はそれが少し嬉しい。
ガラスの箱のような作りの喫煙所に足を踏み入れると、一人の先客が新しい煙草のパッケージを開けているところだった。
良かった。今日も二人きりだ。
「……よう」
「ああ」
いつものように、短く声をかけ合う。真ん中に大きな吸煙装置と灰皿を挟んで、向かい合う位置で壁に凭れた。
「久しぶりだな、島原。アメリカ行ってたんだっけ?」
「あー。まあな、クソみてぇな専務の荷物持ちだ」
「いいじゃん。アメリカ、行きたいな俺も」
「良かねぇよ。国内の方がいい。……ほら、浅間。先月お前と出張行った長野は良かった」
「んー、はは、そうだな。楽しかった。空き時間で、上田行ってさ」
そんな無駄口を叩きながら、島原はパッケージの底を叩いて、煙草を一本引き抜く。長い指先が、細い煙草を摘んだ。それを口元に運ぶと、薄い唇に咥える。
島原の少し目付きの悪い険のある顔立は、煙草を咥えるとよく映える。いかにも、ワルっぽくなるのだ。
「そうだ、浅間。オレ、結婚しようと思っててな」
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