潮騒が聴こえる

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そうだ。あの恋から、もうどれだけ時間が経っただろう。 わたしはもう、三十路を越えてしまった。 あの頃、あんなに胸を焦がした相手は今隣にはいない。 ーーーー椎名航輝(しいなこうき) 彼は、わたしの中に新たな生命を宿した後、忽然と姿を消してしまった。 どれだけ探しただろう。 どれだけ泣いただろう。 いつしか周りの「逃げたんだよ」という批難の声に呑み込まれて、わたしはとうとう彼を諦めた。 周りの批難だけじゃない、彼に近しい人からの接触による絶望もあった。 そんな人じゃない、と憤然と言い続けていたわたしの心も限界だったんだ。 それでも、お腹に宿った生命は尊くて愛しくて どんなに反対されてもそれだけは諦めなかった。 だって、そんな半端な気持ちで付き合ってたわけじゃない。 彼のことが大好きだったから。 1人で産み育てることがどれだけ大変か 想像もつかなかったけれど わたし達の恋の証をどうしても残したかった。 それが護れるならこれが最後の恋でいいと、本気で思ったんだ。 勇輝と名付けたわたしの宝物とずっと一緒にいられるのなら ーーーーもう、恋なんてしない。
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