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それが分かった瞬間、反射的に目の前にいる彼女の両肩を押さえて、僕から引き剥がした。
驚いて彼女の瞳は丸く見開かれている。
「……誰かに見られちゃいますから」
彼女のプライドを傷つけないようにやんわりと言い訳をすると、気の強そうな瞳はすぐに冷静さを取り繕っていた。
「じゃあ、人目につかないところならいいわけ?」
「それはまた、色っぽいですね。
でもタクシー待たせちゃってますし、あまり夜遅くなるとお父さんが心配なさるでしょう。
今日はこのへんで」
にっこり笑って、路地から不満げな彼女を連れ出すと、ちょうどタクシーが来てるのが見えた。
後部座席に彼女を乗せ、「ではまた」と有無を言わさず送り出す。
お嬢様のご機嫌を取るのも大変だ。
会社の将来のため、無下にもできない。
先ほどの彼女の提案を頭の中で反芻する中、『好きな人がいるのか』という質問が妙に心に影を落とす。
そしてまた浮かんだ幻影。
ーーーー好きな人、か。
近年、そんな甘い感情を抱いた記憶はない。
なのにじわじわと胸の中が何かで責め立てられる。
これは一体?
言いようのない感情が、僕を占め始めていた。
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