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そう声をかけた途端、弾けたようにビクッと身体を震わせ、凪沙は手に持っていたものを落とした。
カシャン、と無機質な音が響くけれど凪沙は一向に動かなかった。
いや、動けなかったのだろう。
数歩近づき、足元の床に落ちていたスプーンを拾い上げて彼女にそっと差し出した。
事故に遭ってから、何度も夢の中で会ったけど、顔だけは最後まで分からなかった。
その彼女の顔が目の前にある。
彼女はスプーンを受け取りながら、まるで僕が幽霊ではないか確かめるように、まじまじと僕を見つめた。
そして。
「…………航輝、さん?」
本物なの?と
問いかけるような瞳で名前を呼ばれた僕は、固く強張り、目を見張った。
懐かしい、囁くようなその声に
心臓を鷲掴みにされたかのように苦しくなった。
その苦しい痛みを堪えながら、なんとか僕は笑顔を作って彼女へ問いかける。
自分勝手な願望だって分かっていたけれど。
「……ただいまって言ってもいいですか?」
言葉にすると本当に滑稽だ。
僕は凪沙の元へ帰りたい、ただの情けない男だった。
呆れたのか、彼女は両手で顔を覆ってしまう。
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