第1章

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   便利屋AIAIの事件簿②~消えた味噌ポテトン~ 「あれっ。ない」  釈(しゃく)氏(し)奈津子(なつこ)はがさごそとナップサックの中を探った。手に触れるのはタオル、財布、ぺットボトルなどだ。目当てのものはない。販売台の上から忽然と消えた、和菓子屋“味噌ポテ堂”のマスコット、“味噌ポテトン”のぬいぐるみはない。 「ほら、もういいだろ。俺は泥棒じゃない」  ナップサックの持ち主で、“味噌ポテトン”を盗んだと奈津子に疑われた“味噌ポテ堂”の元従業員、荒川流(あらかわりゅう)はふんぞり返った。奈津子の背後で“味噌ポテ堂”のアルバイトの芝(しば)山桜(やまさくら)が不安そうにこちらを見つめている。  三人がいるブース以外、周囲は片付け作業が進みつつあった。秋の夕日は山々に沈みかけ、公園内の駐車場で出展ブースにある屋台や看板、販売台や売れ残った商品を片付ける人々の影を長く伸ばしている。奈津子たちも早くブースを片づけて“味噌ポテ堂”本店に戻らなければならない。しかし、店のシンボルでマスコットでもある“味噌ポテトン”を紛失したままでは、帰っても怒られることは明白だった。  ナップサックを持ったまま動かない奈津子を見て、荒川は声を荒げる。 「いい加減、返せよ。俺は確かに喧嘩で店をやめさせられたけれど、別に恨んでねぇし。ここに来たのも偶然だし。“味噌ポテトン”なんてぬいぐるみ、知らねぇし」 「ご……ごめんなさい」  奈津子はこわばった表情で謝ると、不自然な動きで荒川にナップサックを渡した。荒川はひったくるようにそれを受け取ると、ふん、と鼻を鳴らしてその場を立ち去る。待ち構えていたように桜が奈津子に寄り添った。 「大丈夫ですか、奈津子さん」 「ええ、大丈夫」  頷きながら、しかし奈津子の視線は焦点が合っていない。 「それにしても“味噌ポテトン”はどこへ行ったのかしら。ブースの中は全部探したし、落とし物コーナーも探したし、怪しい人の荷物も見せてもらったのに、どこにもないなんて」  桜は探した場所を指折り数えた。午前中は確かに販売台の隅にあった“味噌ポテトン”。それが、イベント終了後には消えていた。奈津子も桜も接客に追われて気づくのが遅れたのだ。 「そういえば、奈津子さんのところの便利屋は探偵でもあるんですよね。頼れないんですか?」  桜のひと声に、奈津子はさっそくエプロンからスマートフォンを取り出した。
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