第1章

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 丸顔にどんぐり眼、おまけに眼鏡のフレームまで丸い、ワンピースに厚手のタイツを履いた小柄な若い女性が一軒家の戸口からこちらに呼びかけている。一軒家――こちらはもちろん人間サイズ――は平屋建てで、薪ストーブの煙突が出ている田舎風洋風建築。一般道路に面した庭戸から玄関ポーチまで飛び石が続くつくりで、その小径の雪は既に掃かれている。草鞋と巡はそこから庭に一歩入ったところにいたので、雪の上をまず移動して小径に出、それから玄関へと向かった。ポーチで脛についた雪を払い、女性に挨拶する。 「はじめまして、便利屋AIAI所長の草鞋、こちらは所員の札所です。お電話くださった古泉さん?」 「はい。連絡したのは私です。でも、犬の飼い主は鹿野(かの)小太郎先生とおっしゃって、奥の方に。足を悪くしていらっしゃるんです」 「ほう、ではあなたは?」 「私はフリーペーパーの編集者です。鹿野先生のお宅に原稿を取りに伺って、ついでにマルちゃんに会おうと犬小屋を覗いたら、マルちゃんがいないのに気がついて……」  巡は二人の会話を聞きながら、要点をいくつか心にメモした。 ①依頼人は鹿野小太郎。フリーペーパーに原稿を提供する地元の引退した国語教師。 ②逃げた犬は雑種のマル(雌/7才)。体重十キロの中型犬。おとなしい性格。 ③マルが逃げたのが発覚したのは今朝八時。原稿を取りに来た編集者が発見。  短い廊下を歩きリビングにたどり着くと、テーブルに杖を立てかけ、胡麻塩頭でセーターにチノパン姿の頑固そうな男性が椅子に座ってこちらをにらみつけていた。 「遅い! 電話してから何時間待たせる。昨今の若者は時間も読めんのか!」  どん、とテーブルの上の茶碗が震える。調度に負けず劣らず、高級そうな茶碗だ。薪ストーブといい、高価そうなチェストといい、鹿のはく製が飾られていないのが不思議である。草鞋がすかさず営業トークに入った。 「申し訳ありません。軽く辺りの様子を頭に入れておりました。ワンちゃんはどうやら雪が降る前に逃げたようですね。すると十四時間以上が経っていることになります。遠くまで行ってしまったかもしれません」 「そんなことはないぞ、夕べの十時には小屋に入っていた。まだ十一時間しか経っていない」
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