第1章

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   便利屋AIAIの事件簿④~届けられるカブトムシの問題~ 「毎年夏に無記名で、何回も同じ子にカブトムシを届け続ける人の目的って何でしょう?」  事務員の釈(しゃく)氏(し)奈津子(なつこ)が麦茶と個別包装の羊羹の乗った盆を差し出しながら尋ねた。 「……うん?」  所長の草鞋(わらじ)勝也(かつや)は机上の電化製品の広告から目を上げる。  便利屋AIAIの事務所はむんとした空気に包まれている。草鞋が高校生の頃から使っているオバケ扇風機がごうんごうん音を立てて首を振り回し、空気をかきまわしているが、音のわりに効果はない。事務所内が暑すぎるのだ。  父冨市は盆地の底にあるため、夏は熱せられた空気が停滞して暑い。特に便利屋AIAIの入ったビルがある父冨駅周辺はビル街なので、じりじりと直射日光がアスファルトを灼き、灼けた空気が建物を直撃する。だが、万年自転車操業で諸経費を節約している便利屋AIAIに、故障したクーラーを買い替える予算はない。窓を開け放ち、苦し紛れに臨終寸前の扇風機を回し、Yシャツは腕まくり、スラックスを巻き上げて両足を氷水を放り込んだ洗面器に突っ込む。それでも暑さに耐えられないから、草鞋はなけなしの予算で買えそうな冷房機器を広告の中に探し求めていた。  そこへ、涼やかなノースリーブのワンピースを着た奈津子の質問である。  草鞋は額に手をやって首を振った。 「すまん、頭が働かない。もう一度言ってくれ」  奈津子は自分の机に着くと、もう一度、質問を繰り返した。 「毎年、夏に、何回も、カブトムシが届けられるんです。差出人名もない、誰かがくれる心当たりもない、カブトムシ。それって、どんな目的でしょう?」 「ふむ」  草鞋は麦茶を一口飲んだ。コップの中の氷が涼しげな音を立てる。 「誰かの実体験かい?」 「私の友人です。アパートに小学生の息子と暮らしてるんですけど、ニ年前の夏から、たまにドアの前に箱入りのカブトムシが置いてあるんだそうです」 「その子の両親とか、近所の人の仕業では?」 「聞いてみたけど、知らないと言われたそうです。それにその子の息子、イチカくんというんですが、特別カブトムシが好きなわけでもないって」 「なるほど」  草鞋は羊羹の包装を破りながら頷いた。 「父冨では夏になれば、カブトムシなんぞあちこちで売ってるからな。特別に欲しがるものでもないか」
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