第1章

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草鞋は羊羹を口に入れ、咀嚼してから質問した。 「具体的には何回届けられたんだ?」 「えーと、一昨年が四回、去年が三回、今年も既に三回」  奈津子が指折り数える。 「一匹三千円とすると、今までにかかっただけで三万か。いたずらにしては経費が掛かり過ぎだな」 「はい。友人も、それが気持ち悪いって」  神妙な顔で奈津子が目を伏せたところで、事務所のドアが開いた。 「あっつ。まだクーラー買ってないんですか、所長」  Tシャツにジーンズ姿のアルバイト、札所巡(ふだしょめぐる)である。手に古風な風呂敷包みを持っている。 「いくらボロビルでも鍵くらいかけてくださいよー。今、空き巣が流行ってるんですから」  風呂敷包みを持ち上げて、 「あ、コレ、婆ちゃんが作ったおはぎです。おすそわけで持って行けと」 「ありがとう。しかし札所くんは、お盆の間はうちの仕事は休みじゃなかったかね?」  草鞋の問いに、巡はうっとうしそうに頭をかいた。 「休みですよ。でも家にいると、帰省中の兄一家と姉一家がぎゃーぎゃーうるさくて。父は孫にでれでれでお馬さんしてるし、女連中は台所でお彼岸の料理作ってるし、兄と祖父は何が面白いんだかずーっと黙ってお茶飲んでるし……」 「ほのぼのとしたご一家ですね」 「いや、うるさいだけですよ。ってアレ、奈津子さんまでいる。お盆休みじゃ?」  草鞋は自らの人徳を誇るようにふんぞり返った。 「奈津子くんも君のお婆さんと同じように私の食生活に気を使ってくれてね。ナスとキュウリとミニトマトとピーマンを山盛りいただいた」 「夏に家庭菜園で実りすぎて親戚や近所間で押し付け合う野菜のラインナップじゃないですか」 「……ふふっ。いずれもビタミンたっぷりのもぎたて野菜だ。みな、独り者の私の健康を気遣ってくれている」  草鞋は自分に言い聞かせるとそっと涙を飲んだ。 「所長、安心してください。羊羹は私のお金で買ってきましたから」  奈津子が慰める。 「『栗(くり)平(へい)』の羊羹だ。美味しいですよね」  巡が羊羹の包装を見て言う。 「そうなの、行ってみたらちょうど安売りしてて!」 「……安売り」  草鞋はぽつりと呟いた。羊羹を食べたばかりなのに、口の中がしょっぱい。 「それは、ご友人の別れたご主人が息子に密かに届けているのでは。息子と二人暮らしってことは、別れたんでしょう?」
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