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麦茶を手に巡が言う。アルバイト用の机と椅子はないので来客用のテーブルに彼の分の羊羹と麦茶が乗って、本人はその前のソファに座っている。事務所に三人がいる時の定位置である。
「そうなんだけど、息子に贈り物するような人じゃないの。浮気して、まだハイハイしてる息子とヒロコちゃんを置いて、女の人と逃げちゃったらしいから」
「出奔先で女性に捨てられて、今さら息子への愛に目覚めた可能性もあるのでは?」
草鞋は口いっぱいに頬張ったおはぎを無理やり飲み込んでから尋ねた。彼の前には羊羹とおはぎが山盛りになっている。お茶も熱々の淹れたてだ。
「それはありえますが、それでもカブトムシは届けられません。ヒロコちゃんたちは離婚した後、実家の近くに引っ越したんです。だから、彼は家の場所を知らない」
麦茶に手を添えて、奈津子が答える。
「ふむ。では別人か」
札所は腕を組み、考えてから、
「そのカブトムシの入った箱とはどういうものかな。プラスティック製か、段ボール製か。売り物のカブトムシか、届ける犯人自ら捕らえたものか」
奈津子は傍らに置いたバッグからスマートフォンを取り出すと、画像を表示して草鞋に見せた。
「これがそのカブトムシで、これが入っていたケースです」
人差し指でスライドさせながら、草鞋に示す。
「カブトムシは大きくて艶も良い。ケースはプラスティック製で、シールをはがした跡がある。これは店で購入したな。店名やバーコードで店を特定されないよう貼ってあるシールをはがしたんだ。ケースは量産品だから店の特定は不可能」
巡も席を立って、草鞋の背後に回って画像を覗き込んだ。
「あれ、カブトムシと一緒に女の子が写ってますね。イチカくんのお友達かな」
「違うわよ、これがイチカくんよ」
「えぇ? だって、髪はおかっぱだし、肌は白いし、どう見ても……」
草鞋はそれを聞いて、ふむ、と頷いた。
「イチカくんは女の子と間違えられる外見か」
「それがどうかしたんですか」
奈津子が目を瞬かせる。
「イチカという名前に男女の区別はない。つまり、イチカくん個人と知り合いか、ヒロコちゃんが話さなければ、ふたりを見るだけの人物はイチカくんを女の子と思う。女の子にカブトムシを贈る人はいないだろうから、カブトムシを届ける犯人はイチカくんが男の子だと知っていることになる」
「はァ」
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