それは、夏のみせる幻か…。

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その日は、炎天下であった。 アスファルトが焼け、熱気が周囲に立ち上る。 日ざしが強いためか落ちる影は濃い色をしている。 あまりの暑さに下を見つめる私の耳にふいにしゃりしゃりという心地よい音が響いてきた。そして顔を上げてみれば、一台の屋台にちりんと鳴る風鈴、その下にゆれる布には白地に赤い文字で「氷」の一文字が書かれており、片手で器を、もう片方の手で氷をけずる機械のハンドルを回す男はこちらを見るとにっかりと笑い、こう言った。 「嬢ちゃん、氷水ひとついかがかね?」 うだるような暑い日。 私はその魅力的な光景に、いつしかこくりとうなずくとその手を前にさし出した。 男はそれにうなずくと、ハンドルを回す手を止め山のように盛られたかき氷の器にタンクから出した透明なシロップをかけてこちらによこす。 「さあ、砂糖蜜のみぞれだ。溶けないうちに食べるんだ。」 私はそれを受け取ると、次いで金属のスプーンを受け取り、炎天下の中夢中でかき氷を口にほうばった。氷は、とても冷たくひんやりして、昔ながらの手回し式のかき氷機で削ったためか、ほろりと軽く口の中で溶けていく。 そうして、夢中で最後の一口を食べ終えたとき、私はひとつ気がついた。 スプーンの柄が…赤黒く汚れている。 いや、違う。これは血だ。 見れば、私の指先から腕にかけて固まった血がこびりついている。 どうして、どうしてなのか…。 半ばパニックになりつつも私は手に持ったスプーンを見て、知る。 スプーンの裏に、ひとつの顔がある。 それは、大量にガラスのささった血にまみれた女の顔…。 そうして私は思い出す。 …そうだ、影も濃くなるわけだ。 私はずっと地面にうつぶせになっていたのだから…。 友人たちとのバスツアー。 高速に乗っていたバスがふいに車線を外れて、横のガードレールを突き破った。 車内の人間は席から放り出され、私もガラスを突き破って…そして、車外のアスファルトに叩き付けられた…。 足元には、この夏の熱気でハエのたかり始めた自分の死体がある。 その落とす影は夏の日差しによってひどく濃く、私はそれを見下ろしつつ、からりと空の器にスプーンを落とすと顔をあげた。 『じゃあ、行こうか。』 そうして、かき氷を食べさせてくれた男は私に手を差し出す。 私はその手を素直に握る。 歩き出すアスファルトの田舎道、男の手は、氷のように冷たかった…。
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