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そういって慌てて手ぐしをかける彼女だった。粗忽な仕草に襟もとがたるむ。
あらためて見下ろす白いうなじに、今度は彼が慌てた。はぐらかした視線は渾身の自由形で泳いで、チョコバナナの看板にゴールタッチ。
軽く胃のうえあたりをまさぐって、
「ちょっとなんか食わん? 部活やってきてるからさすがに腹減ったわ」
「チョコバナナ? わたしトッピング、ナッツとココアでいい」
「『で』ってなんだ。おれがパシんの前提か」
「だって人ごみイヤなんだもん。……はい」
と出された二百円を「いらねぇよ」とつき返し、彼が雑踏へと消えていった。人ごみのなかでも頭ひとつ高い後姿を彼女は見送る。夕日も最後のひとあがきにと町を真っ赤に染めていた。そろそろ屋台の電飾照明が目を焼く時間帯に差し掛かる。
彼がチョコバナナを両手に再び彼女のもとへ戻ろうかとしたときだった。目にした光景には見慣れない男の影が。
年のころなら自分たちと同じか、あるいは雰囲気的にすこし大人びた印象も受ける。
とにかくすぐには駆け寄りがたい状況で、彼はチョコバナナを手にすこし様子を見てしまった。
彼女の表情には絶えず笑顔が浮かんでいる。とてもこなれた感じに軽口をかわしているようだ。ときおり彼女が、男の顔をじっと見つめては口元を隠して控えめに笑う。その仕草は彼の脳裏を探してみても見当たらないものだった。
男が彼女のそばを離れる。去り際、手を振る相手に彼女も同じようにして応えた。
すこし早足になる。
男を見送る彼女の死角から、彼はそっとチョコバナナを突き出した。
「ほれ」
言葉すくなに手渡したあと、乱暴に自分のヤツを胃の腑へと押し込んだ。味なんか分かるはずもない。
「ありがとう……なに怒ってんのよ」
「別に」
「ふーん……」
耳に掛かる髪をかきあげて彼女がチョコバナナを口にする。黒々とテカり輝く反りたったその先端部分が、どこまでもやわらかそうなあの丸い唇に触れようかとした瞬間。
彼はそっと天を仰いだ。こみ上げる衝動との負けられないバトルである。軽く頭を振って平静さを取り戻すように努めた。
「さっきのね」
「あん?」
「同じ委員会の先輩」
「……」
「気づいてないと思った?」
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