990人が本棚に入れています
本棚に追加
「そういえば、幼なじみくん。お弁当持ってきてるの見たことないなあ」
斜め上を見ながら若葉は思い出したように呟く。
いちかも同じように斜め上を見上げると、考えるように人差し指で唇を撫でた。
「……おばさん、お仕事忙しいのかな」
皐月の家は共働きで、夫婦揃ってやり手ということもあり忙しい。
帰国後も挨拶程度に会話を交わしただけで、まだきちんと土産話を聞く機会すら設けられていない現状だ。
「そうだ! いちか。幼なじみくんにお弁当作ってあげたら?」
「へ?」
若葉の突拍子のない提案に間抜けな声が漏れる。
言った本人は名案! と言わんばかに瞳をキラキラ輝かせはじめた。
「ただでさえ転校で環境が変わり体調崩しやすい状況にいるんだよ? 購買のパンばっかりじゃ倒れるよ。絶対」
皐月が倒れることは確定らしい。
「でも……」
熱弁をふるう若葉とは対照にいちかは乗り気ではない。
「あんまり弟扱いするのはよくないんでしょ?」
数日前。世話を焼きすぎるのは男の子的に複雑なのではないか、と若葉に指摘されたことをいちかは気にしていた。やっと回復した仲だ。皐月との間に嫌な空気を漂わせたくない。
「でもいいの? 倒れるよ? 何気色白だよ?」
「…………」
「それに」
真剣な顔で言葉を溜めると、若葉はいちかの顔一直線にズバッとお菓子の棒の先を向けた。
「先輩のお弁当作りの練習になって一石二鳥」
勢いに押され、瞬きをするいちかの口にそのままお菓子の棒を咥えさせる。
にへっと笑ってみせた若葉に、いちかは苦笑いを浮かべながら甘いお菓子を噛み砕いた。
確かに若葉の言うとおり、皐月に倒れられたら困るし、杉先輩のお弁当作りの予行練習になって一石二鳥。
(でもなぁ~)
皐月を実験台にしているようで気が引ける。
「おーい。花咲、ちょっと」
考えていると、廊下から担任に呼ばれ、いちかは首を傾げながら席を立った。
最初のコメントを投稿しよう!