彼氏

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「そういえば、幼なじみくん。お弁当持ってきてるの見たことないなあ」  斜め上を見ながら若葉は思い出したように呟く。  いちかも同じように斜め上を見上げると、考えるように人差し指で唇を撫でた。 「……おばさん、お仕事忙しいのかな」  皐月の家は共働きで、夫婦揃ってやり手ということもあり忙しい。  帰国後も挨拶程度に会話を交わしただけで、まだきちんと土産話を聞く機会すら設けられていない現状だ。 「そうだ! いちか。幼なじみくんにお弁当作ってあげたら?」 「へ?」  若葉の突拍子のない提案に間抜けな声が漏れる。  言った本人は名案! と言わんばかに瞳をキラキラ輝かせはじめた。 「ただでさえ転校で環境が変わり体調崩しやすい状況にいるんだよ? 購買のパンばっかりじゃ倒れるよ。絶対」  皐月が倒れることは確定らしい。 「でも……」  熱弁をふるう若葉とは対照にいちかは乗り気ではない。 「あんまり弟扱いするのはよくないんでしょ?」  数日前。世話を焼きすぎるのは男の子的に複雑なのではないか、と若葉に指摘されたことをいちかは気にしていた。やっと回復した仲だ。皐月との間に嫌な空気を漂わせたくない。 「でもいいの? 倒れるよ? 何気色白だよ?」 「…………」 「それに」  真剣な顔で言葉を溜めると、若葉はいちかの顔一直線にズバッとお菓子の棒の先を向けた。 「先輩のお弁当作りの練習になって一石二鳥」  勢いに押され、瞬きをするいちかの口にそのままお菓子の棒を咥えさせる。  にへっと笑ってみせた若葉に、いちかは苦笑いを浮かべながら甘いお菓子を噛み砕いた。  確かに若葉の言うとおり、皐月に倒れられたら困るし、杉先輩のお弁当作りの予行練習になって一石二鳥。 (でもなぁ~)  皐月を実験台にしているようで気が引ける。 「おーい。花咲、ちょっと」  考えていると、廊下から担任に呼ばれ、いちかは首を傾げながら席を立った。
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