彼氏

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 そんな彼女は多分狙ってやった訳じゃないことはわかっている。わかっているのに胸をときめかせてしまった自分はアホだと、皐月はさり気なく腕で口元を隠した。 「……先輩とのデート、どうだったの?」 「えっ!?」  唐突すぎる皐月の言葉にいちかの顔は一瞬にして真っ赤に染まる。  その反応が妙に皐月の心を刺々しくさせたが、今のいちかには到底気付くことは困難だった。 「な、何で知ってるの!?」  皐月には昨日デートだったなんて言ってない! そんないちかの考えが透けて見えるほどの動揺っぷりに皐月の口は心なしか尖る。 「あんな隣で騒がれたら嫌でも聞こえるから」 「あ……」 「……特に河合さんの声大きいし」  昨日の放課後。ふたりはデートについて盛り上がっていた。  嫌がらせにわざと聞かせてるんじゃないかと疑ったくらいだ。でもそのお陰で昨日いちか達の後をつけることができた訳なのだが……。 「…………た」 「…………?」 「……楽しかった、よ」  みるみる体温が上昇していくのを感じ、いちかは両手で顔を覆う。  は、恥ずかしい! いくら相手が親しい幼なじみだからって若葉に話すのとではやはり恥ずかしさの種類というのだろうか? それとも度合い? が全く違う! 「……ふーん」  大して興味ないならそんな話振らないでください!  言いながらゴロンと転がった皐月にいちかは恥ずかしさのあまり心の中で悪態をつく。 (もうっ!)  だけど投げやりな気持ちで見上げた空は清々しいほど青く、すぐにいちかの心を攫っていく。  そういえば昔。こうして皐月とふたり。空を見上げ寝転んだことあったな。  屋上じゃなくてあの頃は原っぱだった。  本当に些細なことで蘇る皐月との思い出。  そういうときは堪らなくいちかをくすぐったい気持ちにさせる。 (あ、猫型)  流れてきた雲が猫の顔のような形を披露しているのが目に入り、いちかは皐月の腕を興奮気味に叩いた。 「皐月っ! 見て! 猫! 猫!」 「は?」 「あれ! あの雲っ! ね? かわい――」  隣で同じように寝転んだ皐月との目線は同じ高さにあって。  振り向いたお互いの顔の近さに一瞬時が止まった。
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