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(皐月。やっぱり大人になった、な……)
風で静かに揺れる髪も、光で透けると少し茶色になる瞳も変わっていないのに、あの頃とは違う皐月がいる。
「いちか……」
――あれ? なんか……。
縛られたように動けない身体と、ドキドキと高鳴る胸に戸惑う。
目を細めた皐月の指が耳たぶを掠めたとき、いちかの肩がビクリと上がり、無意識のうちに叫んでいた。
「お、お弁当作ってあげようか!?」
言ったあといちかは己の口を両手で押さえる。
(な、何言っちゃってるの!? 私!)
若葉から言われ、皐月の健康面を気にしてはいたが、本当に提案するつもりなんてなかったというのに。
不思議な雰囲気に包まれた途端、焦ったように頭の中に浮かんだ言葉が飛び出していたのだ。
アワアワといちかは起き上がり、両手を振りながら「いや、あのねっ」と自分が発したばかりの言葉を弁解しようと試みる。
脈絡のない話題に皐月はちんぷんかんぷんのはずだ。
ところがワンテンポ遅れてガバッと身体を起き上がらせた皐月は、
「えっ!」
明らかに弾んだ声を上げた。
「いちかが作ってくれるの!?」
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