彼氏

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「一限、遅刻するぞ!」 「え! 嘘っ。 待って!」  再び歩き出した皐月の背中にいちかの足も自然と前へ出る。 「あれか。例の幼馴染って。なんだ。イケメンじゃん」 「あ、いや、帰ってきたらいろいろ変わってて……ああっ! 皐月待ってー!」  杉先輩と皐月。交互に振り向きながらいちかは先輩に手を合わせた。 「先輩ごめんなさい! 行きますね!」 「ああ」  言っていちかは廊下を駆ける。  少し行ってから名残惜しくて振り返ると先輩が気付いて手を振ってくれた。 「先輩、あのね! 私っ」  それがたまらなく嬉しくて。 「お弁当、頑張って作りますね!」  手を振り返しながら笑顔を向けた。  遠くからでもわかる目を丸くした先輩はフハッと笑い、 「期待してる!」  いちかに負けず劣らない大声で返してくれた。 (頑張らなくちゃっ!)  来週の日曜日に向け、再度気合を入れなおす。 (喜んでくれたら、いいな)  明るい未来に顔を上げ、つま先をけり上げたそのとき。  すれ違いざまに香った甘いコロン。栗色のゆるく綺麗に巻かれた毛先がいちかの視線の端に映った。 (あ……)  いちかは俯き走る。  柔らかく友達に笑いかける唇や髪を耳にかける仕草も全部が大人に見えて。  たった一つ。歳が違うだけなのに。杉先輩もこの人もどうしてこんなに自分とは違って見えるのだろう。 「髪、巻いてみようかな」  ストレートの毛先を掴み、いちかは皐月の背中を目標に三年生の廊下を駆け抜けた。
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