彼氏

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「ここ、家庭科室」  ガララ……と音を立ていちかは戸を開ける。 「調理実習のときとかに使うんだけど、私は部活でも使っています」 「……いちか、部活なんて入ってたの?」 「うん。料理部なの。って言っても一ヶ月に数回しか活動してないんだけどね~」  皐月も入る? なんて笑いながらいちかは窓を開けた。 「……いい。興味ないし」 「あ、やっぱり?」  一瞬いちかと一緒なら入ってもいいかな、と心揺らいだ皐月だったが、今後いちかとの関係がどうなるかわからない。もし悪い方に転んだら。いや。今の現状では確実に嫌な方向まっしぐらの方がどう考えても確率が高い。そう思い皐月は入部を思いとどまった。流石にそんな状態で一緒にいるのは辛すぎる。 「ていうか、料理部なら練習する必要ないじゃん」 「え?」 「弁当」  皐月の言葉にいちかは「ああ」と言葉を溢した。 「うち、お菓子専門なんだよね」 「……あっそ」  ――お菓子、ね。  皐月は机に寄り掛かる。 『皐月。真ん中こうやってつぶすんだよ』  活発な性格だったけど、昔、おばさんに教えてもらいながらクッキーを作ったときのいちかの張りきった顔を思い出し、皐月は笑みを溢した。 (女の子なんだよな。昔から)  出来上がったクッキーをおやつにして。残りをわざわざラッピングして帰り際渡してくれた。  窓の外を覗いている。  彼女の瞳にはきっとグラウンドでボールを追いかけている先輩が映っていて。手作りクッキーは先輩に渡るのだ。自分にではなく。いちかは彼の為に生地をこね、丸め、丁寧に真ん中をつぶす。ラッピングだって。有り合わせなんかではなくリボン一つ時間をかけて選ぶ。  そんな彼女を想像したら――。 「皐月?」
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