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無意識に足が進み、手が伸びていた。
「いちかの髪。柔らかく靡いて綺麗だ」
指の間に通した髪がパラパラと滑り落ちていく。
「……ねえ、皐月」
「ん?」
――好きだ。
「髪、巻いた方が可愛いかな?」
――好きだ。……好きだ。好きだっ。
「俺は、今の方が好きだよ」
――この髪のように真っ直ぐなきみが好きだ。
誰にも取られたくない。やっぱり自分のものにしたい。
皐月の心は決まっていく。
「……ありがとう」
いちかは曖昧に笑った。
恋愛に正解や間違いなんて存在しない。
もしあるとしたらその人が『良し』としたものが正解で、『無し』としたものが間違いだ。
付き合っている人がいるとわかっていても彼女を諦められない皐月も。好きな人と付き合っているいちかも。また、正解であり間違いなのかもしれない。だって――。
「いちか、帰るぞ」
「え?」
校内案内も無事終わり、鞄を肩に掛けた皐月がいちかへと振り向いた。
皐月がそんな風に声をかけてきたのは転入してきてから初めてのことでいちかは目を丸くする。
「一緒に帰ってくれるの?」
最初こそきょとんとしていた顔も段々花びらを開かせる花のように喜びがにじみ出てきた。そんないちかを皐月は眉を下げ笑うと彼女の鞄に手をかけた。
「行くぞ」
「あ! ちょっと待って!」
いちかの待ったに嫌な予感しかしなかったが、皐月は素直に足を止めた。
「今日、先輩が部活、早く終わるって言ってたから……」
「いちかさえよければ一緒に行ってもいい?」
「えっ、あ、……うん」
「……行こう」
先に教室を出た皐月に続き、いちかも慌てて後ろを追いかけた。
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