好きな人

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 中庭の奥を通って見えたサッカー部の部室裏。  他の部員は既に帰った後なのだろうか。遠くから聞こえる運動部の掛け声。吹奏楽部のパートごとのバラバラの管楽器の音。それらに引き立てられたここは驚くほど静かだった。 「花咲……」  目を見開いた杉先輩の瞳は舞った落ち葉と共に色が変わっていく。  まっすぐに、逸らされない眼差しが『決めた』のだとわかった。  先輩との出会いは高校一年の春。  各学年、各クラスの委員長、副委員長が強制参加させられるクラス委員会での集まりだった。  最初の印象は背の高い目立つ一つ上の先輩。意外と気を配れる優しい人。それだけだった。  気になりだしたのは秋の文化祭。  クラス委員会は学校行事を中心となって盛り上げることも活動内容であり、生徒会と協力して行う文化祭準備はそれなりに大変だった。  役割を振り分け、偶然同じ場所の装飾班になった杉先輩といちかはおのずと一緒に過ごす時間が増えていった。 『先輩、何見てるの?』 『わっ! ……なんだ。花咲か』  文化祭終了まで貸し与えられた空き教室。  ぼんやり窓の外を眺める杉先輩の隣に並び、いちかも同じように下に顔を向けると、数人の男女が何かの大道具だろう。段ボール一面にペンキを塗っていた。 『知り合い?』 『んー。幼馴染』  誰のことを指して言ったのかわからなかったが、ペンキを倒した女の子を見て『バカ』と微笑んだからきっとあの人がそうなのだろう。 『可愛い人ですね』 『そうか? ただのおっちょこちょい女だよ』  窓の冊子に頬杖をついて言った口調は一見雑で、でも向けられた視線は優しい。  ゆるく巻かれた栗色の髪。風になびくだけで先輩は瞳を揺らす。 『私にも皐月っていう幼馴染がいるんですけど――』  すぐにわかってしまった。  杉先輩があの人に特別な感情を抱いているということを。  同時に先輩に対する自分の気持ちを。
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