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気付いたときには惹かれていた。だからといって先輩後輩の仲を変えるつもりなんてない。
本当にそう思っていたのだ。あの時までは。
『好きな人、できたんだって』
冬も終わり、暖かくなってきた放課後。
廊下ですれ違った杉先輩の様子がおかしくて、半ば無理やり問い詰める形で聞き出すと、先輩は困った顔でそう溢した。
『相談されちゃった。自信ないって俯くあいつを励まして。アドバイスまでしちゃったりして』
『先輩……』
『バカだよな。自分から背中押しといて落ち込んでんの』
かっこわりー、なんて顔を隠すように腕で頬を擦って。そんないつもと違う先輩を見たら、今までギリギリで保っていた心のコップから水が湧きだし、溢れて止まらなくなってしまったのだ。
『……格好いいです』
『花咲?』
『好きです』
泣きそうだった。きっとこのタイミングでの告白は間違っている。だけど……。
『先輩のことが、好きっ』
こんな気持ちになったの、初めてだったから。だから。
『先輩が私のこと、好きじゃなくてもいい。私じゃ、先輩の支えになれませんか?』
一歩踏み出して戸惑う彼の制服の裾を掴む。
先輩の揺れる瞳に、弱った心に、付け入ったんだ。
『……傷つけるよ』
『うん』
――それでも。
覚悟は決まっていた。
引き寄せられた身体が杉先輩の広い胸に閉じ込められる。
頬を寄せ、背中に腕を回した。
先輩に利用されるんじゃない。利用するんだよ。支えになるなんてそんなの建前で。本当は好きになってって思ってる。こっち見てって、思ってる。
汚い自分。狡い自分。
だから、付き合うときに一つ。決めたことがある。
もし先輩があの人を選んだそのときは――。
「先輩、私……」
言いかけた時だ。
隣から追い越すような風が吹き、皐月の背中が先輩の姿をいちかの視界から消し去った。
「――皐月っ!?」
ダンッ! と鈍い音が響く。
「キャーッ!」
「皐月っ!」
止めに入る暇もなく。
殴られた杉先輩が壁に背中を打ち付けていた。
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