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すっかり暗くなってしまった道を皐月とふたり。ゆっくりと歩く。
よかった。最後に笑って好きな人の幸せを願える自分であれて、よかった。
いちかは月を見上げる。
ちょっと欠けた満月だ。
「皐月、ごめんね! 変なことに付き合わせちゃって」
後ろを振り返り、いちかはえへへ、と笑った。
「お詫びにジュースおごってあげる!」
「…………」
無言の皐月を連れ、ベンチに座る。
青白く光る自販機から二つ、ペットボトルを落とした。
「コンビニ過ぎた後だったから公園の自販機ジュースになっちゃったけど。……はい」
差し出すと受け取ってくれたことにいちかはほっと息をつく。
(気を遣わせちゃってるんだよね。多分)
目の前で修羅場。果てには失恋現場まで繰り広げられたのだ。それも自分のではなく他人の。皐月が戸惑うのも無理ない話である。
「……オレンジジュース」
「よくふたりで買って飲んだよね」
じっとペットボトルに視線を落とす皐月につられ、いちかも皐月の手元を見ると右手がほんのり赤くなっていることに気が付いた。
「皐月、手!」
いちかはパッと皐月の手を取り、自分の冷えたジュースを氷代わりに当てる。
皐月はされるがままにそれを受け入れた。
「……痛い?」
「いや」
「ごめんね」
その言葉に皐月の眉が寄る。
反対にいちかは笑顔を向けた。
「でも皐月が殴ってくれたからちょっとすっきりしちゃった」
言いながらぬるくなってしまった側面を変え、再び皐月の手の甲にペットボトルを当てようとする。そんないちかの手首を掴み、皐月は自分へと引き寄せた。
「きゃっ」
ぽすっと皐月の胸に顔を突っ込む。勢いに持っていたペットボトルはベンチの上を弾み、地面に転がってしまった。
「いたたた……。皐月?」
「笑うな」
背中に回った腕にぎゅっと力がこもる。
「……笑うなよ」
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