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詰まったような苦しげな声が皐月の胸から振動で伝わる。
「痛いよ。皐月」
「…………」
「いたい……って……っ、ふ」
ぎゅっと抱きしめてくれる腕に。苦しいほどくっついた身体に。どうして人の体温ってこんなにも温かいのだろう。
「うっ……グスッ」
緊張が解け、堪えていた涙と一緒にやっとで保っていた彼女の仮面がボロボロと剥がれ、流れ落ちていく。
何度も嗚咽を溢し、いちかは助けを求めるように皐月のカーディガンをぐしゃぐしゃに握りしめた。
「先輩、殴られる瞬間、動きを止めたんだ」
「…………」
「反応してたのに。多分避けよう思えば避けられたのに、わざと動かなかったように見えた」
皐月はいちかを抱きしめる自身の右手に視線を落とすと唇を噛み、柔らかく開いた。
「多分ちゃんと、好きだったよ」
「……っ」
「いちかのこと、先輩はちゃんと好きだったよ」
その言葉に、最後の自尊心を捨て、いちかは声を上げて泣く。
皐月の優しさだってわかっていたけれど、それでもいちかにとって堪らなく嬉しい言葉だった。
「ありが、とう」
なんとか言えたお礼を皐月は無言で頭を撫でることで答えた。
あやすように撫でられた髪や、時折背中で優しく弾む掌が気持ちいい。
段々と涙も呼吸も落ち着いてきた頃。
「ごめん」と皐月が小さく溢した。
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