好きな人

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「俺が先に手を出しちゃったから……いちか、何も言えなくなっちゃったんだよな」  するりとほどけた腕にいちかは顔を上げる。  目が合うと皐月は弱弱しく笑った。 「違うよ。皐月がいてくれなかったら私、適当に誤魔化して逃げちゃってたかもしれないもん」 「……いちかにとってはその方がよかったんじゃないの?」 「駄目だよ。そんなの、ズルだよ」  あのとき。先輩は一言も誤魔化そうとしなかった。言い訳もしなかった。それが『答え』だ。  答えが出た相手にその場限りで誤魔化して逃げても、誰も救われない。幸せになれない。  わかっていても一瞬。弱い自分が顔を出した。  それほど杉先輩のことが好きだった。  だからしっかり別れを選べた自分に。決めたことを守れた自分に。今はどうしても後悔が滲むけれど、間違いじゃなかったと言える日が必ず来るから。 「皐月がいてくれたから、笑って言えたんだよ」  再び零れそうになる涙を押さえ、いちかは笑った。  風が吹く。  そろそろ四月も終わりだ。  いちかは立ち上がり、地面に転がったままだったペットボトルを拾い上げる。 「あ~。砂でべしょべしょ」  水滴にべっとりとくっついた砂に苦笑い。  いちかはキャップ部分を摘み、ベンチ横にある水道で洗い流した。 「私、狡いんだ」
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