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キュッと蛇口を閉める音が鳴る。
ポケットからハンカチを取り出すと濡れたペットボトルを拭いた。
「そんなことないんだけどね。あるわけないんだけど」
いちかは無意味な前置きをして目を泳がせる。
本人を目の前にして言うのは少し。いや、大分言いにくい。
けれどあそこまで自分のことのように怒ってくれた皐月に、いちかは謝っておきたいことがあった。
「皐月とここで話した日。……あ、転入後ね? ほら、私がなんか勘違いしちゃって。皐月を困らせちゃったことあったじゃない?」
『嫌いなら嫌いって、言えばいいじゃないっ!』そう泣き叫んだいちかの手を引き、皐月がこの公園へと入ったあの日のことだ。
「ああ……」
皐月は苦笑いを浮かべながら相槌を打つ。
皐月にとっては流れに便乗したとはいえ、告白をスルーされた日だ。忘れるわけがない。
「あの日。皐月の話を聞いて、一瞬ね? ……その、私のこと、そういう意味で好きなのかな? なんて。少し。ほんの少しね。そう思ったの」
『隣に並んでも恥ずかしくない自分にならなくちゃって』
『だから、手紙を書かなかったんだ。一度まっさらにして。次会ったとき、いちかに、変わった俺を見て欲しくて……っ』
『これまでの行動だって、これからの行動だって、嫌がらせなんかじゃない。嫌ってなんか、ない』
『嫌いになるわけ、ないだろ!』
どれもあの日。皐月が言った言葉だ。
皐月に会う前。ファミレスで若葉に言われた『つまるところ、いちかのこと好きなんじゃない?』なんてことが少し頭に浮かんだからか、本当に一瞬。いちかの中でそんな可能性が生まれたことは事実だった。
「まあ、すぐに何考えてんだろ、私って正気に戻ったんだけどね」
「…………」
「つまり何が言いたいかというと」
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