ゆびきりさん

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 しかし、どうしたことだろう。いくら触ろうとも、木管はビクともしなかった。紋様にはわずかな隙間さえ開くことがなく、ただ平面の寄木模様となっているだけ。  あれは夢だったのだろうか?  そんなことを島村が考えていると、隣にいたはずの女性は煙草盆を持って居間へと消えており、火鉢の横でゆうゆうとキセルをくゆらせていた。その姿がまたなんとも妖艶で、秘蔵のコレクションを勝手に使われていることすら、島村には気付かせなかった。そしてにっこりと微笑んで「いい趣味ね」と。  恋人にすら手痛いダメだしを食らった煙草盆。  それを彼女は、郭の遊女を彷彿とさせるような仕草でカンと吸殻を落とすのだ。ちょっとはだけさせた寝巻きの胸元。何を考えているのか分からない上目遣いの瞳。  どうしてこうなったと、夜明け前の布団の中で考える島村。ただ事実として存在するのは、裸の男女が一夜を共にしたということだけ。 「恋人はいるの?」  甘い声で彼女がささやく。事後に聞くのは反則級の質問だ。島村は「いない」と答えた。裕子への罪悪感がないではなかったが、このときはそう答えるべきだと思えたのだ。男の本能だとはいえ、弁明できる要素は微塵もない。 「本当?」 「ウソじゃないよ」 「私のこと好き?」 「勿論だよ」 「永遠に愛してくれる?」 「そうだね」  彼は、我ながら曖昧な返事だと思った。 「じゃあ指切りして」  きゅっと絡み合う二本の小指。島村はそこで初めて気が付いた。『あの指』もこうして何かを誓い合っていたのではないかと。急激にあわ立つ肌を感じながら、島村は「遅かった」と念じた。  永遠の愛を誓い固く結ばれた小指。いまその根元には、彼女が手にした和鋏があてがわれている。島村はまたしても金縛りにあっていた。だがその恐怖は、木管から『あの指』を見つけたときの比ではない。額からは湯水のように冷や汗がしたたってくる。 「ゆーびきーりげんまん。うーそついたら、はりせんぼんのーます」  美しい童女のようなわらべ歌。彼女は楽しそうにそう唄う。  しかしその刹那、表情は一変した。目は見開き、瞳孔は墨で塗りつぶしたように光なく。口は耳まで割け、真っ赤に潤んでいる。ただひとえに呪いを噛み潰したように歪んだ笑顔は、島村の背筋を一瞬の内に凍りつかせた。そして、  ゆーびきった
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