ゆびきりさん

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 鮮血と共に飛び散った二本の指は、シミだらけの天井にぶつかったあとどこかへ消えた。 「ああああああああああああああああああああああああああ!」  あり得ない痛みと、その原因に島村の心は苛まれる。いくら抑えようともとめどなく流れる緋色の血潮は、やがて六畳二間の彼の城を侵食していった。絶え間ない後悔と死の恐怖。そんなどうしようもない状況の中、彼は目を覚ました。 「ぁああああ……あ、ぁ……」  窓から見える空はすでに白んでいて、小鳥も元気に鳴いている。道路にはバラバラと安っぽい排気音を立てて、新聞配達が朝刊を配りに来ていた。 「ゆ、夢?」  居間にある火鉢には炭は焚かれておらず、当然、煙草盆も手付かずである。  切り落とされたはずの小指は何事もなく薬指の隣に生えており、痛みもまったくない。血に染まったはずの部屋も綺麗なままだ。そして例の木管はといえば、夕飯前に置いた文机の上にしっかりと鎮座している。分解はおろか動かされた形跡すらない。  ピピピっとケータイのアラームが鳴る。起きる時間だ。  すべては夢だったのか?  しかし、一体どこから……。  腑に落ちない気持ちを抱えながらも、島村は否応なしに日常へと引き戻される。そして階下に誰も住んでいないことを発見したのは、その日の帰りのことだった。  あれから数日が経ち、島村もすべてが夢だったと完全に受け入れていた。そして迎えた裕子とのデート当日。待ち合わせの喫茶店に入り、窓際の席へと座る。時刻はそろそろ夕方に差し掛かり、街には照明が点灯され始めていた。 「いらっしゃいませ」  すぐに店員がやってきた。接客マナーも行き届いたアルバイトと思しき女性スタッフ。メニューを島村に手渡し、そしてコップに入った水をふたつテーブルに置いた。 「あの……ひとりですけど」 「えっ。し、失礼しました。さっきはお連れ様がいるように見えたものですから」  ひどく慌てた様子で店員は頭を下げた。  島村はホットコーヒーを注文し、別段気にした風でもなく裕子が来るのを待っていた。  だが待てど暮らせど裕子は来ない。かれこれ二時間近くになるだろうか。メールを打っても無反応。ましてや電話なんかしても出ない。さすがに何かあったかと思わないではなかったが、いまの彼に何かできるというわけでもない。
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