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落ち着かない気持ちをどうにかしようと、四杯目のコーヒーを頼もうとしたときだった。テーブルに置いていたケータイに、着信が入る。
ブブブっとバイブの振動音が、小気味いいリズムを刻んでいた。
ディスプレイを見れば待ち人の名前である。「やっとかよ」と悪態をつく反面、大いに胸をなでおろした島村は、通話ボタンを押してケータイを耳に当てた。
「もしもし裕子? いままでなにやって――」
堰を切ってあふれ出したはずの彼の言葉は、そこで勢いを失った。電波の向こう側ですすり泣く声は、明らかに裕子のものではない。
「裕子のお母さん……ですか? どうしてお母さんが……ええ……はい……は? まさかウソでしょう……はい……はい……わかり、ました。ではまた……はい。失礼します」
もっと言いたいことはあったはず。しかし何ひとつ言葉が浮かばない。
力なく通話を終えた島村は無意識の内に立ち上がっていた。そしていま耳にした事実を反芻するように小さく呟くのだった、「裕子が死んだ?」と。
不可解である。そしてあまりにも理不尽だ。つい数日前まで軽口を言い合っていた最愛の相手が、もうこの世にはいないなんて。
なぜだ。どうして?
込み上げる涙を拭いもせずに、島村はただその場に立ち尽くした。キーンと耳の奥がしびれるような感覚。まるで世界が自分だけを残して止まってしまったようだった。
ふと窓ガラスを見た。
そこには涙を浮かべて立ち尽くす無力な自分ともうひとり、テーブルを挟んだ向かい側に誰かが映っている。女だ。一見して年齢の分からない妖艶さを持つ女。
島村は慌てて視線をテーブルへと戻す。だが実際には、そこに誰も座ってなどいない。
恐る恐るもう一度、窓ガラスを覗き込む。するとそこには、あの恐ろしい形相をした女が映っていた。真っ白い素肌にぽっかりと空いた黒い目の穴。耳まで避けた三日月のような口。
嗤っている。おれを見て嗤っている――。
そう思った瞬間、島村は右手の小指に激痛が走るのを感じた。見れば指の付け根は、うっすらと赤く滲んでいる。そしてぷつぷつと音を立て、徐々に皮膚が裂けていくのだ。
「うわああっ!」
島村は気が狂ったように走り出した。実際、発狂寸前である。
うろたえる店員の制止も振りきり、半狂乱のまま店をあとにした。
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