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ゆーびきりげーんまん。うーそついたら、はりせんぼんのーます。
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付き合いたての頃というのは、毎日でも会いたくなるのが人情というもの。
しかし、そのせいで趣味に掛けられる時間がなくなってしまうのも、やはり納得がいかないものである。
「じゃあそういうことで。週末楽しみにしてるよ。え? ……ちょ、勘弁してよっ」
仕事帰りの道すがらである。
まだ陽も高く、人目も気になる時間帯。
ごく普通の会社員である島村一彦は、恋人の宮野裕子から電話越しによる『さよならチュー』をおねだりされていた。
声が漏れていたのか、それとも会話の雰囲気が伝わったのかは分からないが、近くを歩いている子供連れの主婦たちが「若いっていいわねぇ」と微笑んでいく。
島村は顔面がバーナーで焼かれたかのような熱さを感じつつも、電話を早く切りたい一心で舌打ちにも似たキスをした。
「これでいいだろっ。もう切るよ!」
そそくさとケータイをしまう手がぐっしょりと汗ばんでいる。「まったくもう」とため息をひとつ。しかし、それでもかわいいのが恋人だ。
彼女との他愛もない会話のあと、島村の足はそのまま家路へとは向かわなかった。なぜなら近づくにつれて少し足早となるその先に、数年来通っている古道具屋があるからだ。彼女ができたからといって疎かにすることのできない彼の聖域。それが趣味の骨董集めなのである。
一口に骨董と言っても、清朝の壷だとか、九谷焼だとか高価な芸術品などは庶民の手に届くはずもなく、また彼の趣味でもない。では島村が蒐集しているのは一体何かというと、いわゆる古民具と呼ばれるものである。大きいもので家具や建具、また箪笥や鏡といった生活用品にいたるまで。
彼は当時の庶民の暮らしぶりを、その風合いから感じ取るのが好きなのだ。
つい最近では、江戸時代の遊郭で使われていたという煙草盆を手に入れホクホク顔で帰ったところ、「タバコも吸わないのに何に使うのよ」と裕子に突っ込まれる始末。
まったく男の浪漫というヤツは、どうにも女性には不評である。
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