ゆびきりさん

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「お客さん、こっちも商売だ。アンタが欲しけりゃ売るのは当たり前だが、そいつはちょっとオススメできねえな」 「え? なんで?」 「いわく付き……ってほどでもねえが、どういうワケだか何度売っても戻ってきちまうんだよ。こんな商売やってりゃ割とあることだがよ、そのマニ車の出来損ないだけは何か気味が悪いんだよな」 「マニ車?」 「チベット仏教で使う法具の一種さ。マントラの彫られた筒の中に経文が入っててさ、回した分と同じだけ読経したことになるんだと」  たしかに木管の紋様は寄木細工に似ているというだけでなく、どこか曼荼羅を思い起こさせるような意匠をしており、マニ車のなんたるかを毛ほども知らない島村であったが、老店主の言わんとすることはうっすらと理解できた。 「まあ実際は、知名度が低いだけの箱根の民芸品ってとこかな」 「この寄木細工はやっぱそうですかね?」 「みやげ物じゃなくて、どっかの誰かが作らせた一品物ってこともあるからな」 「ああなるほど」 「で、どうするね? 本気で欲しいなら負けとくよ」  老店主はずれた眼鏡を掛け直す。島村は「う~ん」と唸ってはみるものの、腹の中ではもう購入を決めていた。税込み二千五百円。得体の知れない筒ひとつ買うには、ちょっと出し過ぎるくらいの金額である。  きっとまた彼の恋人による厳しい査定に、より一層の拍車を掛けることになるだろう。  最寄り駅から徒歩十分。今年で築三十年になる木造二階建ての安アパートの一室こそが、島村一彦にとってささやかながらも無二の城である。  歩くたびにキシキシと鳴く床や、顔も知らぬ隣人の生活音が筒抜けになる薄い壁も、住んでみればさほど気にならなかった。彼にとってはただ寝る場所と、二間ある内の和室を占領している骨董の数々さえあればそれで満足なのである。  島村は今日また新しく手に入れた戦利品を、猫足をした文机の上にチョンと飾ってみた。転がらないようにと、仏具のお鈴に敷く座布団まで用意する。その溺愛っぷりは買ってきた初日ということもあってか、他人からすれば不気味なほどだ。  ぼんぼりの灯りに照らされて光る不思議な模様。  見れば見るほどに妖しさを増す。
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