ゆびきりさん

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 精一杯しぼり出した声は、情けないくらいに震えていた。すると深夜の招かれざる客は「夜分にすみません」と、か細く答えた。その声色は紛れもなく女性である。これはいよいよどうしたことかと島村は動揺する。 「下の階の者ですが、どうかなさいましたか」  あっと思い、島村は正気を取り戻した。ここの住人は、壁一枚を隔てて生活音をやり取りする仲である。お互い顔は知らなくとも、なにかあればすぐに分かるのも肯けた。ましてやこの時間。階下の住人が不審がるのも無理はない。 「す、すいませんっ」  慌てて居間の電気をつけた島村は玄関を開けた。するとそこには寝巻き姿にカーディガンを羽織った妙齢の女性がいた。背は低く、しかしメリハリの利いた体型は寝巻き越しにも島村の男を刺激するには充分だった。そしてノーメークの顔がやけにかわいらしく、自分よりも年上だろうことは明らかなのだが、いくつとも断定できない感じの人だ。 「まあ……顔色がよくないわ。真っ青になってる」  白く柔らかな手が、そっと島村の頬に触れた。 「怖い夢でも見たの?」 「そうかも……しれない……」  まるで保育士にでもあやされるように、島村は口走っていた。     
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