2:月と百目鬼。

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すっかり沢木さんの存在感に圧倒され、カタカタと体を震わせていると沢木さんは「そんなに怖がるな」とひらりと手を振った。 「俺は君に知らせに来ただけだ。この時間帯は食堂が閉まるし、俺も野暮用で戻ってきたとはいえもうすぐここを出る。だから、悪いが場所を替えてほしい」 「あ、そうなんすか。すいませんでした」 俺は慌てて彼に頭を下げる。 すでに食堂が閉まっていたとは、どうりで周りに生徒がいない訳だ。 「まあ、転校生なんだ。 知らないのも仕方がないさ」 その強面からもっと怒られるかと思ったが、沢木さんは怒鳴りもせず、あっけらかんとしていた。 だが、ホッと一息ついたのも束の間。 「ところで……"厠の神"には会えたか?」 「え」 突然の問いに固まった俺を見て沢木さんは口角を上げる。 「一昨日、あれだけ食堂で騒いでいたからな。気にもなる」 「す、すいません」 「まあ、俺はいいさ。でも、カクガリ先生辺りがいたら怒鳴られていたかもしれんぞ」 そう言いながら沢木さんはククッと肩を揺らす。 食堂で騒いだことをスマートに指摘されたことに少しへこんでいると、沢木さんは表情を変えないままさらりと言葉を紡いだ。 「で、左耳のほうは大丈夫か」 「いや、全然。相変わらず聞こえないです……左耳!?」 あまりにもナチュラルなトーンで言うものだから、俺も思わず訊き返した。 咄嗟に左耳に触れると、沢木さんはすぐさま「それだよ」と俺の左耳を指した。 「君、よく左耳を触るだろ。声のボリュームも人より大きいし、何回か聞き返しているところも見ているからな。もしかして左耳が悪いんじゃないかと思っていた。それが昨日今日でさらに左耳に触れている回数が増えたから"厠の神"に何かされたのかと思ったが……さっきもこんなに人がいないのにもかかわらず俺の足音も拾えてなかったから、どうやら治ってはいないようだな」 淡々と話す彼の言葉を俺は唖然としながら聞いていた。 俺はそんなに左耳に触っていたのだろうか。 無意識だったから、全然気づかなかった。 いや、それよりも彼の洞察力と推理力に度肝を抜いていた。 あんぐりと口を開けていると、沢木さんは俺の内心を見抜いたようにさらに語った。
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