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「前職のくせで常に周りの状況を把握しているんだ。もっと言うと一昨日の君の食べ残しとそこにある食いかけのパンでも君の情報を知りえることができるのさ。これも一種の職業病だ。悪く思わないでほしい」
「ぜん……しょく」
彼の言葉を噛みしめるように繰り返す。
この人、宮野先輩と同じ匂いがする。
違う、宮野先輩は純粋に情報を追っているだけだ。
この人からはもっと大きな……危険なオーラも感じてしまった。
言質も取らせないし、この人にも隙を感じない。
一体この人の前職ってなんだったんだ?
「これだけ凄いのに、なんで前職辞めちゃったんすか」
思わず疑問をぶつけると、沢木さんは苦笑した。
「こっちにも色々理由があるんだよ」
沢木さんはそう誤魔化すだけで、それ以上語ることはなかった。
意味ありげな茶の濁し方だったが、きっと俺が想像できないような壮絶な出来事があって、前の職を辞めざるを得なかったのだろう。
一人でごくりと唾を呑んでいると、窓を見た沢木さんが何か見つけように「お?」と口をすぼませた。
釣られるように俺も窓を見ると、満開の花が咲いた桜並木の下で男の人が呆然としながら木を見上げている。
そして彼の足元には先日見たあのペンギンが手を羽ばたかせながら木に向かって飛び跳ねていた。
「あれは小豆澤と……ジェンツーか?」
沢木さんは窓から覗き込みながら彼らの名前をこぼした。
作業着を着ているところから、あの人は用務員さんのようだ。
それでも用務員さんがなんであのペンギンと一緒にいるのだろうか。
「ちょうどいい」
疑問に思っていると、沢木さんは俺の肩をポンと叩いた。
「"厠の神"についてあいつに訊いてみるといい。この学校じゃ……あいつも亡霊みたいなもんだからな」
沢木さんはそう言って、ひらっと手を振って俺に背中を向けた。
「じゃーな転校生。北海道から来たのなら、今度あのチョコレートドリンクの味について教えてくれよ」
「あ、はい……了解っす」
俺はたどたどしくも沢木さんに返したが、沢木さんは振り向かずダークスーツのポケットに手を突っ込んだままこの場を立ち去った。
……あの人、絶対ただの調理人ではない。
そんな危険な匂いがする彼の背中を、俺は見えなくなるまで見送っていた。
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