2:月と百目鬼。

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「下がってろペンギン」 ペンギンにそう促すと、俺の言うことがわかったのかペンギンは用務員さんの隣に付いた。 俺は垂れている風船の紐の一直線上に立ち、そっと腰を下げる。 そして、そのまま足に力を入れ地面を蹴り、風船を目がけて高く跳んだ。 曲げた膝だけの力だけでなく、腕も振り上げたことにより渾身のジャンプが決まる。 めいっぱい腕を伸ばすと風船の紐の端についていた白い紙に触れることができたので、咄嗟にその紙をぎゅっと掴んだ。 その拍子で引っかかっていた風船も木から外れる。 地面に着地できた頃にはもう風船は俺の手の中だ。 「おー!」 無事に風船を回収した俺を見てなのか、後ろからそんな感嘆の声があがった。 「凄いよハル! 見た見た!?」 背後から聞こえてきた声はあどけない少年のものだった。 「……ん?」 自分で抱いた感想に即座に違和感を覚える。 ――ここには用務員さんとペンギンしかいないと。 恐る恐る後ろを振り向くと、ベンギンが嬉しそうにパタパタと両手をばたつかせながら用務員さんを見上げていた。 「おい、ジェンツー……」 用務員さんは何か言いたげにペンギンを見下ろすと、ペンギンは何かに気づいたのかビクッと肩を浮かせた。 「も、もしかして今の声って……」 そっとペンギンを指してみるが、手が自然と震えていた。 ペンギンが喋るはずがない。 だが、だとしたら今の声はなんだというのだ。 俺の胸内が伝わったのか、用務員さんは面倒臭そうに視線を逸らしながら頭を掻いた。 「"トイレのはなこさん"がいるくらいだ。今の声の正体なんて別になんだっていいだろ。それよりも取ってもらっておいてなんだが……その風船、くれないか」 「あ、はい……どうぞ」 今の一連の流れを思いきり受け流されたことが不服だが、俺は用務員さんに風船を渡す。 用務員さんは「どうも」と礼は言ったものの、無表情のまま風船を受け取った。 せっかく取ってやったのに随分とぞんざいな扱いだ。 彼の態度にムッとしていたが、用務員さんは俺をよそにその場にしゃがみ込む。 「ほら、ポシェットに結んでやるから、もう離すんじゃないぞ」 だが風船が手元に戻って喜ぶペンギンを見ていると不貞腐れた気持ちもどこかへ飛んで行った。
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