2:月と百目鬼。

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「あの……用務員さん」 彼の名前を呼ぶが、彼は返事をしなかった。 それでも俺は彼に尋ねた。 「さっき言っていた"トイレのはなこさん"のこと、教えてくれませんか?」 しかし俺の問いに用務員さんは「は?」と顔をしかめた。 「なんで俺にそんなことを訊くんだよ」 「沢木さんが用務員さんに訊いてみろって言うんで」 沢木さんの名前を出すと用務員さんはすぐに渋い顔をした。 「あの野郎……俺になんの恨みがあるんだよ」 そう言いながら彼は自分の爪をそっと触る。 その行動の意味はわからないが、とにかく俺と会話をすること自体億劫そうに見える。 だが、彼のズボンの裾をペンギンが何かを訴えるようにクイッと引っ張った。 「え? 話してやれって? 嫌だよ面倒臭い」 用務員さんはペンギンの言いたいことがわかるらしく、訝しげな表情でペンギンを見た。 ペンギンはすぐに風船を指さす。 風船を取ってくれたお礼に……とでも言っているのだろうか。 それを見た用務員さんは自分の爪に触ったが、物憂げな様子で手短に話してくれた。 「言っておくが俺も名前を呼んだら姿を現すくらいしか知らないぞ」 「名前を呼んだらって……でも、クラスメイトが呼んだ時は出てこなかったっすよ?」 「そんなこと知らねえよ。呼び方が悪かったか、そいつに視える素質がなかったんだろ」 用務員さんはぷいっと素っ気なくそっぽを向いた。 しかし、またペンギンが用務員さんのズボンを引っ張る。 そして楽しそうにまた手をパタパタとさせながら、用務員さんに何かをアピールした。 そんなペンギンの様子に、用務員さんは「は?」と眉間にシワを寄せた。 「はなこを呼べって? なんでわざわざ俺がそんなことをしなきゃいけないんだよ」 けれどもペンギンはつぶらな目を細めながらその場でジャンプする。 「……お前もあいつに会いたいっていうのか?」 用務員さんは確かめるようにペンギンに訊くと、ペンギンはコクリと頷いた。 これには用務員さんも参ったようで、わざとらしく大きく舌打ちを打った。 「おい、はなこ。出てこい、はなこ!」 だが、彼が名前を呼んでも、辺りは静まり返っただけで顔をしかめる。 「は・な・こ・さ・ん!」 用務員さんは自棄(やけ)になっているのか、わざとらしくと語気を強めた口調で再び名前を呼んだ。
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