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病院は親父の知り合いの医者がいる札幌市まで毎週通院した。
眩暈のせいで吐き気を催すような苦い薬も飲まされた。
手術もした。
けれども、眩暈が取れても俺の左耳の聴力は戻らなかった。
聴力が戻らないとわかってから親父の表情がさらに強張っていた。
母さんも明るく取り繕っているつもりだっただろうが、無理して笑っていることはわかっていた。
俺の左耳のせいで家族の雰囲気がどんどん悪くなっていた。
部活にもいられなくなった。
俺の怪我のせいでみんなに迷惑をかけたし、何より俺がうまくボールを取れなかったせいで試合にも負けた。
退部理由は「耳の怪我のため」ということにしておいたが、本当はみんなに合わせる顔がなかったのだ。
それに、こんな状況でこれまでのような動きができる訳がない。
それから空高学園に転校するまでは腐ったような日々を送っていた。
どんなに教室がざわめいていても、上手く聞き取れないから会話に入ることもできない。
声をかけられても位置が悪ければ何回も訊き返してしまうし、そのたびに嫌な顔をされる。
そんな俺の姿を見て「ジジイかよ」と笑う輩も出てくるものだから、生きづらくて仕方がなかった。
まるで俺だけ一人取り残されたような、そんな孤独感に苛まれた。
空高学園に来ても部活には入らないと決めていた。
こんな聴力では入ったところで邪魔になるだけだし、のうのうとバレーボールを続けていることを旭川市にいる仲間が知ったらどう思うだろうか。
部員にも家族にも散々迷惑をかけて、俺だけ自分の好きなことをやっていいのだろうか。
この左耳は咎のようなものなのだ。
だから、これでいい。
――そう思っていたのに、どうして声が聞こえてしまったのだ。
もう聞こえないと諦めていたのに、この左耳を受け入れると決めたのに。
どうして、俺は希望を抱いてしまったのだろうか。
こんな希望なんて抱いたところで虚しくなるだけなのに。
ベッドの上でうつ伏せになっていると、枕元に置いてあったスマホが震えた。
画面を確認すると、母さんからメッセージが入っている。
『ご飯できるけど、食べれそう?』
彼女からのメッセージはそんな短文だった。
「……それくらい呼んでくれればいいのに」
でも、母さんにはきっとばれていたのだろうな。
そう思うと自分が情けなくなって、目尻を垂らしながらも力なく笑った。
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