3:きこえる。きこえない。

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そんなことを言いながらも俺の心はここにあらず、窓から映る景色をぼんやりと眺めていた。 俺を見兼ねた時雨は深くため息をついて、徐に席を立つ。 「禅、明日はちゃんと来れると思うから、あなたもそのシケた顔なんとかしなさいよ」 時雨は最後にそう言い残し、俺のもとを去った。 なんだか、「そっとしておこう」と思わせたようだ。 これじゃ彼女に気を遣わせた俺こそ原に謝らないと。 ただ、時雨が去ると辺りに静粛さが戻った。 どうやらみんな部活動に行ったようで、いつの間にか教室には俺しかいなかった。 開けた窓から風が入り、カーテンが流れるように揺れる。 北海道よりもずっと生ぬるい春の風は、机に突っ伏した俺の短い前髪を靡かせた。 静かだ。 こんな穏やかな空気だと、自然と瞼が重たくなった。 どうせ帰宅してもやることはないので、このまま眠ってしまおうかとも思った。 「あの……ダイチ君」 だが、突然聞こえてきた少女の声に俺は飛び上がった。 慌てて辺りを見回すが、やはりそこには誰にもいない。 「あわわ……ごめんなさい、驚かしちゃった」 また声が聞こえてきたので、俺は咄嗟に左耳に触れた。 さっきの声も、今の声も、俺の左耳から聞こえた。 だからこの教室のどこかにはなこがいるのだろう。 試しに呼んでみるか。 「……はーなこさん」 「は、はぁぁい……」 やはり左耳から彼女の声が聞こえた。 けれども、名前を呼んでみてもやはり俺には彼女の姿が視えなかった。 というか、姿がないのに声だけ聞こえるってよくよく考えるとめっちゃホラーじゃないか。 でも、どうしてだろうか。たとえ声だけでも彼女のことはまったく怖くなかった。 「え、えっと……」 そんなことを考えていると彼女の口籠った声が聞こえた。 「で、できれば……"ハナ"って呼んでほしいなー……あ、ダイチ君が嫌ならいいんだよ! で、でも、そっちのほうが……う、嬉しい」 どうやら相当照れているようで、口調もさっきに増してたどたどしい。 でも、どうせちゃんと呼んでも俺には視えないし、呼ばなくても彼女の声は聞こえるみたいだから、呼び方はなんだっていいか。 「わかったよ、ハナ」 だが、左耳から「はぅ!」という何か胸元にでもダメージがいったような声が聞こえてきた。
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