3:きこえる。きこえない。

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ハナと話していると時間があっという間に過ぎた。 外を見ると空は橙色に染まっている。 「こら。まだおいやしたん? はよ、帰りやー」 廊下から柔らかい京訛りの女性の声が聞こえた。 振り向くと髪の長い綺麗な先生が教室の扉から顔を出していた。 「すいませーん。もう帰りますー」 先生にそう返すと、彼女はにっこりと笑って教室を後にした。 すぐ行ってしまったとはいえ、先生に見つかった以上長居もできないだろう。 「じゃ、俺、そろそろ帰るな」 「う、うん……」 俺は机に置いていた鞄を手に持つと、隣からハナの淋しげな声がした。 「ダイチ君」 教室を出ようとした時、ハナが俺を呼び止めた。 「どうした?」 そう訊き返してもハナは「え、えっと……」とまごついている。 少しためらった後、ハナは恥ずかしそうにそっと言ってきた。 「あ、明日もお話したいな……な、なんて」 その言葉に俺は思わず肩を揺らして笑ってしまった。 「え? え?」 突然笑った俺にハナは戸惑っていた。 でも、そんなことを言うためにここまでまごついていたなんて笑うしかないだろう。 「当たり前だろ!」 俺が断るとでも思っていたのか、それとも単純に恥ずかしかっただけか。 後者ならば、こいつはどこまでシャイなのだ。 けれどもそう返してやると、ハナの「うん!」という明るい声が聞こえた。 「じゃーな、ハナ。また明日!」 ハナに別れを告げると、突然カーテンが大きく揺れた。 そして俺の横を突き抜けるように強い風が吹き抜ける。 「また明日。約束だよ」 風に混ざってハナのそんな声が聞こえた。 けれども声は今までよりずっと遠く、彼女がどこにいるかもわからなかった。 それも一瞬でなくなり、教室は一瞬で静まり返った。 静粛さが戻った教室で、俺は徐に左耳に触れた。 しかし、どんなに耳を澄ましても、もうハナの声は聞こえてこない。 「また明日……か」 俺は小さく呟きながら、もう一度窓の外を眺めた。 そこにはカーテンが静かに揺れるだけで、ハナの気配すら感じることができなかった。
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