4:その目は逃さない。

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ある日のことだ。 「それにしても、ダイチ君って不思議だね」 「え?」 ハナの言葉に俺は気の抜けた声をあげてしまった。 「なんだよいきなり」 突拍子もなく言った彼女に首を傾げると、ハナはしみじみと告げた。 「だって名前を呼ばなくても私の声が聞ける人……今まで会ったことなかったもの」 ハナは呼ばれた相手に視える素質があれば物理的干渉ができるようになる。 だが、逆を言えば名前を呼ばれない限り彼女は自分から干渉することはできない。 それに加え彼女の噂は時の流れにより消えつつある。 でも俺はハナの名前を呼ばなくてもこうして彼女の声を聞けることができる。 俺の存在は彼女にとって嬉しい誤算だったようだ。 そんな彼女とは裏腹に俺は冷めた口調で返した。 「俺の左耳、死んでるからな」 「……え?」 嬉しそうな声から一変し、ハナの戸惑った声が聞こえた。 根拠はまったくなかった。 ただ、実体のないハナの声が聞こえるとしたら、理由がこれくらいしか見つからなかった。 「俺、左耳殆ど聞こえないんだ」 そう告げると、彼女の声が聞こえなくなった。 でも、言葉を失う気持ちもわかった。 俺はゆっくりハナに左耳のことを話した。 俺が隠していることはいずれ誰かにはずっと言わなきゃと思っていた。 けれども、それがきっかけでこれまでの関係性が壊れるのが怖かった。 俺は俺でいたいのに、このことを言うとみんな俺を見る目が変わるのだ。 少なくとも旭川市にいた時はそうだった。 でも、ハナの声は聞き取れているからこのことを話しても何も問題がないだろう。 そう思っていたのに、話せば話すほど声が震えた。 バレーボールの試合のこと、母さんが俺のいないところで泣いたこと、親父の見る目がとても冷たくなったこと。 それがフラッシュバックするように頭の中に流れ出してきた。 左耳が聞こえなくなったのは全部自分のせいなのに、どうしてこんなに胸が痛くなるのだろう。 ――ハナは俺の話を静かに聞いてくれていた。 時々相槌を打っていたが、どれも重々しい。 こんな空気にしたのは俺なのに、俺もこれ以上何も言えず、暫時の沈黙が流れた。 そんな中、この沈黙をハナが破った。 「あの……ダイチ君」 その声はいつにも増して緊張しており、俺も言葉を詰まらせた。 けれどもハナの言ったことは、俺の想像を超えていた。 「私ならその左耳……治すことできるよ」 「……は?」
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