4:その目は逃さない。

11/12
前へ
/56ページ
次へ
「でも、大丈夫!」 そんな重たい空気を断ち切るようにハナはわざとらしく聞こえるほど弾んだ声をあげた。 「みんなあの写真が私だってことは気づいてないから、きっと私のことなんて忘れちゃうよ」 だが、その言葉は俺にとってあまりにも悲しい言葉だった。 「忘れる……だと?」 そんなこと、できるはずがないじゃないか。 「全然大丈夫じゃねえよ!」 椅子から立ち上がり声を荒げると、ハナの驚いた声が聞こえた。 けれども、俺の思いは止まらない。 「俺がハナのこと忘れる訳ないだろ馬鹿野郎!」 姿は視えなくてもいい。 「俺、ハナと話すの結構好きだったんだからな!」 ただ、ハナの声が聞こえるだけでいい。 「左耳を治さなくていいのも、ハナの声が聞こえなくなるかもしれないって思っただけだし」 ハナの声が聞こえないのなら、左耳が治ったって意味がない。 「だって、俺はお前のこと――……」 ここまで言うと声が震えて、俺は不意に奥歯を噛み締めた。 視界がぼやけてきたがそれでも俺は拭わずにまっすぐハナを見つめた。 見つめた先からは彼女の啜り泣く声が聞こえてくる。 「……ありがとう、ダイチ君」 声は震えていたが、優しい声で彼女は告げる。 「私も、君と一緒にいれて楽しかった」 ――窓から風が入り込み、カーテンがふわっと揺れる。 彼女と別れの時間が近づいてくる。 「……本当にお別れなのか?」 縋るように彼女に尋ねるが、ハナの意思は揺らがなかった。 「大丈夫。また会えるよ」 それでもきっと、ハナは笑っているのだろう。 「ダイチ君が呼んでくれたら、また会える。だって、私は"トイレのはなこさん"だもの」 これは永遠の別れではない。 ハナの噂が収まるまでの、暫しの別れ。 それが一週間になるのか何年もかかるのか、それは俺にもハナにもわからない。 それでも彼女が決めたのだから、俺は彼女の背中を押してやるべきなのだろう。 ならば俺に出来ることはわかっているはずだ。 「俺、待ってるから」 信じてやるのだ。 彼女の噂がなくなる日を。 彼女とまた会えるその日を。 それまで俺は、彼女のことを忘れない。
/56ページ

最初のコメントを投稿しよう!

115人が本棚に入れています
本棚に追加