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「ダイチ君……目、閉じてくれる?」
ハナは静かな口調で俺に請うたので、俺は二つ返事で了承した。
「……ありがとう」
彼女の声と共に俺の顔元に優しい風が吹く。
おそらく、彼女がそこにいるのだろう。
「また会える、おまじない」
ハナがそう言うと目元から温かみを感じた。
ハナが手をかざしているのだろうか。
この温もりが溶けてしまいそうなくらい気持ち良くて、このまま眠ってしまいそうだ。
ぼうっとする思考の中でも、思い出すのは彼女と過ごした日々のことだった。
きっかけは、彼女の声を聞いたから。
原に連れられて、クラスメイトの女子に絡まれて、アマネにヒビトのところへ連れてってもらって、そこでハナの顔を見て。
沢木さんに用務員さんのことを教えてもらって、用務員さんにハナを呼んでもらってそれから――…
出会うまでは随分と時間がかかったが、そこからの日々はあっと言う間だった。
でも、彼女と一緒に過ごした日々はどれも楽しくて、暫しの別れが胸が痛むほど淋しく思えた。
「ハナ……ごめんな」
ハナは俺のことを思って左耳のことを治そうとしてくれたのに、俺はハナに何もしてあげられなかった。
そう言うと彼女は穏やかな口調で「そんなことないよ」と返してくれた。
「……そろそろ行かなくちゃ」
彼女の声を合図に風が強くなる。
「今だけサヨナラだね」
彼女の声が遠くなる。
「ダイチ君……3つ数えたら、目を開けていいからね」
最後に告げた彼女の言葉は俺にはとても酷だった。
言われなくてもわかっていた。
「3……2……1」
きっと目を開けたら、彼女はもう――……
先ほどまでの風が嘘のようにカーテンは音を立てずに揺れていた。
窓から見える空は夕日で赤く染まっている。
「……ハナ?」
名前を呼んで見回しても、彼女は返事をしてくれなかった。
粛然しきった教室の様子から、ここには俺しかいないことが嫌でもわかってしまった。
俺はなんとなしに窓を開けて外を眺めた。
窓からは本州独特の生温い風が入り、空は夕日で赤く染まっている。
俺は頬から伝う雫が止まるまで、じっとその夕焼け空を仰いでいた。
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