白いアヒルの罠

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***  瀬名さんとオムライスの組み合わせはやはり似合わなかった。しかしなんでもいいと言うだけあって見た目にそぐわず良く食べる。  卵のど真ん中に勢いよくバカと書いてやったそれを、この人は不満の一つも零すことなく綺麗に平らげてくれた。  一方で俺の分のオムライスの表面にはデカデカとハートマークが描かれた。そんなしょうもない事をする犯人はもちろん瀬名さんだ。  料理なんてしないくせに手先は器用なようで、黄色の上に乗る赤いハートマークは実に見事な仕上がりだった。  俺が瀬名さんに対してそうしたように、この人もなんら抵抗を示すことなく俺を自分の寝室に立ち入らせた。  ダイニングスペースと同様に殺風景で広く感じる部屋だ。部屋の仕様は全く同じだが、家具の配置は当然異なるしダイニングと寝室の間取りは真逆。  壁一枚を隔て、俺の使っているベッドと瀬名さんが使っているベッドは隣同士の位置関係にある。この前ここに来た時にその事実に気づいた。  それくらいどうという事でもないのにどうとも言えない気分になって、そこからそっと目を逸らした。  淹れてもらったコーヒーをお供にしつつ、俺の部屋でするのと同じようにベッドの前に並んで座る。喫煙者の部屋であるのに煙草のにおいはどこからも感じない。俺が知っている限り瀬名さんが煙草を吸う場所はいつも決まってベランダだったが、部屋の中で吸うことはそもそも一切ないそうだ。  そう言えば瀬名さん自身からも煙草のにおいを感じた事はない。髪も服もむしろいい匂い。守れる人ばかりではないマナーをこの人は心得ている。  だからイヤミだ。いちいち抜かりない。こういう人だと分かってしまうから、この人の隣が居心地良くなる。  これ以上は縮まらない距離に、馬鹿みたいなじれったさを抱く。
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