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心臓が冷える。同時にバクバク鳴っていた。
瀬名さんの写真を瀬名さんに見られた。こっそり撮った、いわゆる隠し撮りの、撮られている自覚なんてあるはずのないサラリーマンを写したその画像。
知らぬところで撮られた側であるこの人は、スマホを持ったまま黙っている。
「…………違うんです……」
か細い声が出た。何が違うのかは自分でも分からない。魔が差した。そうだ、それ。ほんのちょっと、魔が差した。
こんな罪は一回だけだ。瀬名さんがうちのドアノブに、紙袋の手提げを引っ掛けている現場。それを目撃したことがある。その時の、その一回だけ。
エレベーターの乗降スペースは部屋のドアの前の位置からだとちょうど壁に隠される形で死角になってしまうのが悪い。降りた直後に瀬名さんに気づき、ついついコソッと隠れてしまった直後に生じた出来心だ。
横顔で、ほんの一瞬。音バレしないか心配しつつ物陰からこっそり撮った写真だから表情もはっきりとは分からない。
けれど誰であるかは分かるはず。何せそこに写っている人物、瀬名さん本人が見ているのだから。
撮ってしまった後はすぐに消そうと思った。でもできなかった。結局今日まで残していた。罪悪感のようなものがあったから、なんとなく友達にだってスマホは触らせないようにしてきた。それなのに、それだと言うのに、よりにもよってこの人に。
「これは……その……」
いくつもいくつも言い訳が浮かぶ。そしてそのどれもが即刻不採用になって消えていく。
釈明できない。すげえキモイし。目に見えた事実がここにある。これは物的証拠ってやつだ。言い逃れはできないはずだが、瀬名さんから言われたのは予想外の一言だった。
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