好きな人

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「明日の予定は?」 「はい?」 「出掛けねえか。二人で」  それを言われたのは土曜だった昨日。瀬名さんの部屋でグラタンを作り、夕食後にタラタラ話し込んでいた時だ。いつもの冗談みたいな様子にも見えたし、真面目な誘いのようにも聞こえた。  デートしよう。直接的な言葉を付け足され、心臓の辺りがザワザワしてくる。 「……ごめんなさい。先約が」 「そうか。分かった」  そしてあっさり引き下がった。俺はもう一度すみませんと、小さな声で呟いた。呟いてから、おかしいと気付いた。  嫌ですとか、お断りですとか、お決まりの素っ気ない返答が出てこなかった。ごめんなさいってなんだ。イヤの一言で済むじゃないか。それにもし、明日の先約がなかったとしたら。俺は果たしてどう答えたか。  一晩が過ぎて今日になってもそればかりをずっと考えていた。昨日の俺はどうかしていた。瀬名さんの誘いを手酷く跳ね除ける習慣がすっぽりと抜け落ちていた。  朝になって目覚めるたび、俺が一番に目にするのはクマのぬいぐるみだ。今朝はそいつをなんとなく抱き上げ、固いだけの部屋の壁へとそれとなく目を移した。  この壁の向こうには瀬名さんがいる。このすぐ隣に。  もう起きているだろうか。それを知ったところでなんの意味もないのだが。向こうにいる瀬名さんの様子が気になって仕方ない。
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