好きな人

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「えー、っと……」  最初の言葉が思いつかない。情けなくも口ごもった。人見知りする方では決してないけど相手がこの子なら話は別だ。視線をウロウロさ迷わせていると、ミキちゃんの方から話しかけてきた。 「あの、ごめんなさい。私が浩太に頼んだの。赤川くんと、その……話せないかなって」  まあそうだろうな。そうでもなければこんな事態にはなっていないだろうよ。  ミキちゃんは申し訳なさそうにしていた。けれども俺を帰らせてくれる雰囲気ではなさそうだ。  とにかく気まずい。この短時間で手元のホットコーヒーに何度頼ったかも分からない。重苦しい間を繋ぐためだけにコーヒーをしきりに口へと運ぶ。まともに話をはじめる前にカップの中身が空になりそう。  この状況を作ったのはミキちゃんだ。ところがこの子は俯いたり顔を赤くさせたりと忙しい。何をどう切り出せばいいか迷うが、俺から話を振るのもなんだかもおかしいような気もするし。 「……ミキちゃん」  気まずさに負けて呼んでみたらこの子は驚いたように顔を上げた。俺を凝視しながらみるみる頬を紅潮させていく。  やめときゃ良かった。俺が把握しているこの子の情報はミキと言う名前だけで、名字を知らないからそう呼んだけれど完全に失敗だった。激しく後悔がわき立つもののなるべく内心は顔に出さない。食い入るようなその視線からはさり気なくそろりと逃れた。
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