好きな人

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「あー……その……」 「好きです」  可愛らしい声が響いた。そのひと言をはっきりと。  隣のテーブルにいた二人組はちらりとこっちに視線を寄越してくる。自分の横でそんな言葉が発せられていれば俺だって同じようなリアクションをしただろう。  さっきまで俯いていた子はいきなり直球勝負に出てきた。淀みなく真っ直ぐに言葉を出して、言われた俺は言葉に詰まる。 「最初はきっと、彼女いるんだろうなって思ってたけど……浩太からいないって聞いて……」 「…………」  あの野郎。どこまでふざけりゃ気が済むんだ。 「ごめんなさい。好きに、なっちゃって……」 「……えっと」 「ダメかな……私じゃ……」  ごめんなさいのワンクッションにはなんの意味があったんだ。ダメも何も俺はこの子の事を何も知らない。ミキちゃんは俺のことを知っていたようだが、浩太に聞かされなければその存在すら知る事もなかった。  泣きそうな顔をしながら告白をする健気な女の子と、誰がどう見ても煮え切っていない態度の男。傍から見れば俺は悪者だ。付き合ってほしいと決定的な言葉を付け足されてしまって心の中では頭を抱えた。 「……俺は」 「今じゃなくてもいいのっ」  ミキちゃんは慌てたように俺の言葉を遮った。 「答えは、待つから……ちょっとでも考えてほしくて」 「…………」 「……お願い」  女の子のこういう所は厄介だ。微かに震えた声を聞いていくらかばかり顔が強張る。  とにかく、可愛い子だ。たぶん自分が周りからどう見られているかも理解している。そんな印象だった。  こんなに可愛い子だけれど、どれだけお願いされたところで俺の答えは決まっている。いくら考えても同じこと。伝えるべき事はすでに決定していて、たった一つ問題となるのは、それをこの子にどう伝えるか。  俺はこの子を好きにならない。どんなに可愛い女の子でも、俺が好きになるのはこの子じゃない。 「……あのさ」  考えるまでもない事だ。
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