好きな人

10/27
前へ
/1395ページ
次へ
「しつこいって、自分でも分かってるんだけど……」  俺の焦りをよそにミキちゃんは自己主張でいっぱいだ。分かっていながらここへ来たのだからそれは言い訳にもなっていない。  溜め息を堪えただけでも俺は偉いと思う。ミキちゃんはやや潤んだ瞳で控えめに俺を見上げた。 「これだけ……最後に許してくれないかな。そしたらちゃんと諦めるから」 「え?」  可愛い声に可愛い顔に可愛らしい喋り方。次に感じたのは甘ったるい香り。体には軽い衝撃もあった。抱きつかれたと理解したのは、服の裾をきゅっと握り締められた時。  意味が分からない。棒立ちだ。どう対処すればいいか思いつかない。半ば思考が停止しそうななか行き場のなくなってしまったこの手は、体の両脇で固まらせておくくらいが限界だった。  頭の中は大混乱だ。なんで俺はこの子に抱きつかれているんだ。なんで俺はこんなにも、マヌケな状態に成り下がって立ち尽くしているのだろう。  小柄で柔らかい女の子がなぜか俺にくっついている。甘さの強いこの香りはいかにも女子が好きそうな匂いだ。それが自分の周りに漂っていた。この子が俺から離れなければ、香りからも逃れられない。 「ミキちゃん……」 「ごめんなさい」  この子の言うごめんなさいは毎回毎回だいぶ安い。ごめんと言うくらいなら行動も合わせろ。思っていても言えない俺からミキちゃんは離れようとしなかった。
/1395ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6494人が本棚に入れています
本棚に追加