好きな人

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 ちょっと待ってろと言い置いて、瀬名さんは一度部屋の中に入っていった。すぐに戻ってきたその手にはクリーム色の紙袋が。  贈答用の可愛くて綺麗な小さいそれを手渡され、いつものように受け取った。 「マカロン。久々に」 「……好きです」  なんでそう答えたのかは分からない。 「……ああ」  少し遅れて瀬名さんが頷いた。その表情はいつも通りでも、何を思って頷いたのか、それは俺には分からない。  沈黙は怖かった。だから慌てて言葉を探した。 「あの、いま夕食作ってる途中で……。もうちょっとで出来上がるので、良ければウチで待っててください」  夕食を作っている最中だったのは本当。もうちょっとで出来上がるのも本当。けれどその時ほんの少しだけ、瀬名さんの表情に変化があった。  分からないくらいの、戸惑ったような顔を。その表情を見た途端にぎくりと俺の中に焦りが生まれた。 「……今夜は」 「今日バイトなくてっ」  遮った。瀬名さんの言葉を、咄嗟に。察してしまったから。今夜は、と言ったあと、その先に待っているのは断るための言葉だろうと。  今夜は、夕食はいい。そう言って断られるのを阻止していた。昨日のミキちゃんが頭に浮かぶ。今の俺は昨日のあの子と全く同じ事をしている。 「時間あったから、だいぶ煮込んだんです。その……シチューを」  鍋の火は一旦止めてきた。あとは少し味を調えるだけ。そうすれば出来上がるから、この人を呼ぶ口実ができる。 「ウマく、できてると思います」 「…………」 「シチューとか……すげえ余るから、困るんですよ。一人だと」  下手くそな口実だけど、俺を否定しないのが瀬名さんだ。
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