好きな人

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 いつも通りだけどいつもとは違う。よそよそしい、とまでは言えないかもしれない。でもどことなく違和感がある。  問われなければ答えられない。聞いてくれなきゃ言い訳できない。さっき来ていた女は誰だ。たったそれだけでいい。たったの一言で構わないのに。  それでも聞かない事が大人にとってのマナーならば、瀬名さんが大人であることを理不尽にも腹立たしく思う。こちらから切り出しでもしない限り、この大人は聞こうとしない。  当然のような顔をしながらお互いの寝室にまで踏み込むようになってしまった。そうなる根本的な原因を作ってきたのは瀬名さんだった。なのに今は俺が必要とする原因を与えてくれない。どんなに待っても、おそらくずっと。この人は何も言わない。 「さっきの子……」  だから俺が切り出した。少しの間を置き、瀬名さんも応えた。 「……ああ」 「あの子は別に、客じゃないです」  ここでこのまま引き下がったら俺の中に住みついたモヤモヤはいつまで経っても消えなくなる。だったら自分からいくしかない。原因をくれないこの人に、聞かれてもいない質問の答えをこっちから伝えないとならない。 「あの子とはなんでもありません」  弁明する必要のない事にかっこ悪い言い訳をしている。  滑稽だった。何かを責められた訳じゃないのに。そもそも興味すら持たれていない。言い訳してみればしてみたで、虚しさだけが募っていく。 「……なんでもないんです」 「そうか」 「…………」  冷たくも取れるそのひと言が、妙にぐっさり深くに刺さった。
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