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瀬名さんが来てから用意したのはいつも使っているマグカップ二つ。適当に紅茶で満たしたそれをベッドの前のテーブルに置いた。
ダイニングテーブルで向かい合うより、普段通り並んで座るこっちの方がしっくりきた。だからこの人を寝室に通した。隔てられてしまうのは、ベランダの仕切りだけで十分だ。
「女に出てこられたらいくらなんでも敵わない」
顔を見て話したい。そう言った瀬名さんの話はそんなふうに始まった。
自信があるのだかないのだか分からないような大人ではあるが、少なくともその言葉からは自信のなさが窺えた。
「こっちはおっさんで向こうはお前と同じ年頃の若い女だ。お前にそういう相手ができたら俺に勝ち目はねえからな」
「そんなの……」
その後は続けられない。その続きを言ってしまったら、今までの俺の言動は一からすべて覆される。
この人も俺も男だから。この人は働く大人で俺はただの学生だから。そういう理由を盾にして、受け入れずにいたのは俺だった。
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