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「……さっき」
「うん?」
「どうして廊下で、何も言わなかったんですか……」
「そこまで無粋じゃねえよ。若い奴らの邪魔はできない」
またしても腹の底にズクリと何かがのしかかってきた。邪魔ってなんだ。あれだけしつこくしてきた人が、自分のことを邪魔とか言うなよ。
雰囲気は依然として気まずいけれど、募っていくのはイライラした気分。自分の中に憤りがある。イラついていることを自覚して、そこでようやく気付かされた。
あの一瞬、廊下で瀬名さんと目が合ったあの時、俺の中には期待が生まれた。緊張の裏にあったのは間違いなく期待だった。
怒ると思ったから。怒った顔で近付いてきて間に割って入るとか、俺の腕に掴みかかってあの子から引き剥がすかと思った。
しかし実際には怒らなかった。それどころか全く正反対の行動を見せられた。俺の腕を引く事もなければ、あの子に自分の存在を分からせるような事もせず、瀬名さんはただ目を逸らして自分の部屋に入っていった。
俺の陳腐な妄想よりも瀬名さんはずっと大人だった。それがとにかく頭にくる。俺一人で、バカみたいだ。
「……昨日あの子から告られました」
大人なこの人には建前がある。その建前を崩してやりたい。
その一心で口を開いた。起きた出来事を話すために。瀬名さんは黙って聞いている。
「断りましたよ。すぐに」
答えは今じゃなくていい。少しでも考えてほしい。そう言ったあの子に俺はすぐさま付き合えないと突き付けた。
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